INTERVIEW TAKUYA WAKAOKA|マガジン|アルコ株式会社

まだ見ぬ景色を走り、未知の世界を書く“旅人”

若岡拓也さんの名刺の肩書きは「書いたり、(極地を)走ったり」。ライターでありランナーである若岡さんは昨年、自身で計画した「日本列島大縦走」を完走。全長5000km、高低差1万4000mにおよぶロングトレイルです。国内トレイルの金字塔と言っていいはずですが、本人は淡々と「結構、頑張ったかなと思います(笑)」。まったく飾らない人柄。でもこの飄然とした旅人のような佇まいが、多くの人を惹きつける理由なのかもしれません。

日本のロングトレイルの「叩き台」

「走り終えて、数えてみたらちょうど100日目だったんです。“狙いすました感”が小っ恥ずかしくて(笑)」

2023年に計画した「日本列島大縦走」。100日ぴったりの走破は運命的でしたねと聞くと、若岡さんはこんなふうに恐縮するのです。大変な記録ですが、本人はどうやら、そこまでの偉業だと思っていないふしがあります。

「2021年に本州を縦走したとき、長いトレイルはもうこれっきりかなと思っていました。でも改めて調べてみると、日本列島をつないだロングトレイルが見当たらなかったんですよね。だったら自分がやってみようかなと」

まだ見ぬ景色を求めて、走りたいから走る。記録や数字にこだわることなく、どこまでも自然体でトレイルランニングに取り組む。その“自然体”が若岡さんの、ランナーとしての個性なのかもしれません。

「羅臼岳をスタートした初日、いきなりヒグマに遭遇して不安になりました(笑)。でも最初の1、2週間をしのげば慣れますので、あとはもう楽しく走るだけ。旅の間、楽しく走ることだけはブレませんでした」

北海道の羅臼岳から、鹿児島県の開聞岳まで。大きなケガや体調不良に陥ることなく、登山道と一般道をつないで見事に踏破しました。飄々とした語り口につい錯覚してしまいますが、「日本列島大縦走」はレジャーでもレースでもなく、やはり過酷な旅ではあります。

「前回(2021年の本州の縦走)は旅の途中で1週間ほど寝込んでしまって。自分なりに振り返ってみると、繊維質が足りなかったのではと。そこで今回は野菜やキノコ類を積極的に食べて、“腸活”しながら走ることにしました(笑)。それがうまくいったようですね。

もちろんエネルギーという意味でも食べることは重要。1日あたり4000〜5000kcalを摂取していましたが、それでも旅が終わったときは7kg減っていましたね」

この「日本列島大縦走」を書籍にまとめるのが今年の目標だそう。そう、若岡さんのもうひとつの職業であるライターとして、です。

「本当は一般道を使わずに、山と山を純粋につなぐルートにしたかったんです。ただ、日本列島を縦断するロングトレイルの叩き台にはなったのかなと。この『日本列島大縦走』をベースに、ランナーたちがより洗練されたルートを開拓してくれたらうれしいですね」

新聞社もトレランも物のはずみ?

そして、今の若岡さんからはちょっと想像できない意外な経歴が。大学を卒業後、新聞社に勤務していたのです。

「学生時代に新聞社の整理部(記事の見出しやレイアウトを決める部署)でのアルバイト経験があり、馴染みがあったんですね。あと……白状しますと、本当は留年する予定だったんです。でも単位が足りてしまい、卒業できちゃったんですよ(笑)。そうなると、働かないわけにはいきませんから」

若岡さんいわく「決して優秀な社員ではなかった」そうですが、それでも6年半、記者職を務めました。

「今振り返れば、ライターの基礎を学んだ期間とも言えます。でも当時は意義や目標を見出せず、ただただ働いていた、というだけ。そんな姿勢で新聞記者を続けていても意味がないと思い、2014年に退職しました」

会社を辞めたその日、若岡さんはトレイルランニングに出会いました。何の気なしに検索して辿り着いた「ジャングルマラソン」のサイト。1週間かけて、アマゾンのジャングルを250km走るレースです。学生時代も新聞記者時代も、マラソンはおろか長距離走にも縁がなかったという若岡さん。いったい、なぜ?

「ふと気になったんですよね。『これ、想像もつかない世界だ』って」

また「1日40km走ればいい。決して不可能じゃない」とも思ったそうです。出場を決めるととすぐにトレーニングを開始しました。1週間分の荷物を想定し、水で満たしたペットボトルをザックに詰めてジョギング。渡渉訓練のために近所の川に立ち込むこともありました。

「自分なりにトレーニングを積んだつもりでしたが、本番は想像を遥かに超えていました。渡渉どころか、200mくらい泳がなければならない(笑)。ジャガーが出ると脅されたり……今でも強烈なインパクトが残っています」

その初めてのレースで、若岡さんはなんと3位に入賞します。完走を目標としていただけに、自分でも驚きの結果だったそう。その詳細は著書『ジャングルを走った話。』に綴られています。

「実はこのジャングルマラソンで『トレランはこれっきりかもしれない』と思っていました。でも出場した他の選手から誘われたりして、いつの間にかレース経験を重ねていくようになったんです」

若岡さんとトレイルランニング。その出会いは、ある意味物のはずみだったのかもしれません。しかしながら今も、始めた頃と変わらず「想像もつかない世界とまだ見ぬ景色」を求めて走り続けています。

10年目を迎えた、若岡さんとトレイルランニングの旅。それはこれからも変わることなく続いていくはずです。

「シリアスになりすぎても仕方ない」

若岡さんの出身は石川県金沢市。今年2024年1月1日には、ご両親の住む実家で過ごしていました。

「能登半島地震に遭遇しました。金沢市内も大きく揺れましたね。母の実家が能登なので、親しみある土地なんです。これは大変なことになる、と直感しました」

若岡さんはためらうことなく、自分にできることをいち早く発信しました。連載するメディアで「能登人のトリセツ」を執筆。ボランティアのときやいずれ観光で訪れる日のために、能登地方に住む「能登人」の性格や特徴を紹介しました。

また自身で制作した「knot」のスタンプを押印するチャリティを発案。ランニングイベント参加者のTシャツやソックスなどに押し、そのプリント代を義援金に充てる活動を開始しました。

「knotはもちろん、能登の音からの連想です。結び目という意味を持つと同時に、能登との絆を大切にしたいという思いを込めました」

こういった取り組みにも若岡さんならではの“自然体”が感じられます。深刻でも大仰でもありませんが、とても温かい。支援したいという自分の気持ちに従って、スピード感を持って発信する。その純粋さが「被災地のために何かしたい」という人々の心を打つのです。その活動の輪は少しずつ、確実に広がってきています。

「被災者ではない私たちが、あまりシリアスになっても仕方ないと思うんです。にぎやかしでも何でもいい。今自分にできることを考えて、続けていきたい。いずれは復興した能登を舞台に、ランニングツアーなども企画したいですね」

「4足で5000km。でもまだ履けると思いますよ(笑)」

2023年に若岡さんが完走した「日本列島大縦走」。全長5000km、100日間におよぶ超ロングトレイルの足元を支えたのは、Topo Athleticの「Ultraventure 3」でした。

「トレイル用の『MTN Racer 3』2足と『Ultraventure 3』1足、ロード用の『Phantom 3』を1足です。フィールドテストとしては、かなり過酷なテストができたと思います(笑)」

写真のとおり見事な(?)くたびれ具合。その長大な旅の過程がシューズに刻まれています。

「ボロボロに見えますが、私に言わせればまだまだ履けるレベル。『日本列島大縦走』のようなロングトレイルを走ると、普通はアッパー、特につま先の屈曲部分が破れてしまうんです。でも、破れなかったんですよ。本当にタフなシューズだと思います」

履き心地はどうだったのでしょうか?

「とても気持ち良くて、快適に走ることができました。ウェアもバックパックも含めて、私の道具選びの決め手は“気持ち良さ”。フィーリングが大事なんです」

ちなみにこの日もTopo Athleticを履いて取材に駆けつけてくれました。普段、街で履くのにも重宝しているそうです。

「山でも街でも、ずっと一緒にいる相棒ですね。街ではこのCotopaxi®(コトパクシ )のフリースも愛用しています」

Cotopaxiはほかにダウンジャケット、ダウンベスト、スタンドカラーのブルゾンを所有。アウトドア製品の残布を使った、エコな製造工程にも共感しているのだとか。

「こだわりがない人のように思われることが多いのですが(笑)、実は服やシューズの見た目には結構こだわります。気分を上げてくれるような個性的なデザインや、楽しい色使いのものが好きなんです」

Photo:Atsutomo Hino Text:Tomoshige Kase Edit:Toshiki Ebe(ebeWork)