種子島ビーチクリーンとおせっかいな気持ち
ラジオDJ、アクションスポーツ実況、CMナレーション、イベントMC…。「声の人」nico(ニコ)さんの姿・風貌を知らなくても、独特のテナーボイスに聞き覚えがある人もいるはずです。そんなnicoさん、趣味のサーフィンの繋がりからプロサーフコンテスト・ツアーの実況を務めることとなり、訪れた種子島で、とある気づきを得ました。そこから試験的に行ったユニークなビーチクリーン運動とは?しだいに大きくなっていきそうなアツい声に耳を傾けてみました。

まず種子島との出会いと印象を教えてください。
nico/2018年にABEMA(アベマ・動画ストリーミングTV)によるJPSA(日本プロサーフィン連盟)の実況中継で初めて種子島を訪れました。波のクオリティと景観の素晴らしさに勝手ながらポテンシャルを感じて、もっと注目されていい島だな、って思いました。

その後も種子島へは行かれたのですか?
nico/2019年も同じ仕事で種子島を訪れました。翌年以降はコロナウイルス感染症の関係で残念ながら大会は中止となって。ツアーが再開された2023年4月に3度目の訪問となりました。実況の間にコンテスト会場から少し目を逸らすと、沿岸に漂着したゴミが意外と多いことが気になりました。「あれ、こんなにゴミがあったかな?」って。白砂のビーチ、南国を感じられる透明感のある海水、でっかいスケール感のある景色、そういったアイランドイメージとのギャップが大きかったからかもしれません。
その光景を見て何かアクションをしようという気持ちになったのですね?
nico/はい。2022年から千葉の御宿海岸で平日のビーチクリーン活動を企画して定例化させていました。ビーチクリーンって週末や祝日に行われることが多いじゃないですか。でも、僕は土曜、日曜の早朝に生放送のラジオ番組のナビゲーターを務めていてビーチクリーンに参加ができなくてやきもきした気分が続いていて…。「だったら、自分で企画してしまおう」と、2023年末までに10回のビーチクリーンを実施して、地元の方や番組リスナーの方、週末に参加できない仲間が中心に集まりました。

ビーチクリーンへの意識は以前から?
nico/いや、ずいぶん大人になってからです。東京で生まれ育った僕は10代の頃に先輩にスケートボードを教えてもらって、流れでサーフィンに連れていってもらうようになりました。初めて連れて行ってもらい、その後も通い続けたポイントが御宿海岸だったんです。その後、サーフィンにハマっていろいろな海を訪ねました。それこそ19歳のときにオーストラリアに、20代のときはサンディエゴのラホヤ、フロリダのココアビーチに近いマリッドアイランドへ“サーフィン遊学“もして、とにかく「俺が楽しむ」ことで精一杯。御宿海岸も今では想像もできないほど賑わっていて、チャラチャラした雰囲気もあって(笑)。でも、年を重ね、おじさんになってきて……、なぜですかね?感謝の気持ちとか尊敬の念みたいなものが強くなってきて、「自分だけがいい思いをさせてもらっているのもどうなのかな」って思うようになりまして(笑)。自分がお世話になった場所で何か恩返しをしたいと思い立って御宿でのビーチクリーン活動を始めました。

今回の種子島ビーチクリーン企画「SAVE THE SEED」への理解と協力をしてくれたローカルサーファーの皆さん。
その中心人物となってくれた高田健剛さん(写真右)、エキシビションにも参加してくれたプロサーファーの須田喬士郎さん(写真中)、ピースな雰囲気のローカルサーファーくん(写真左)。
その流れから、種子島でのビーチクリーンに繋がったのですか?
nico/はい。まず御宿海岸でビーチクリーンを始めるにあたって、役場に直接連絡をしたことで、実施方法やゴミの処分方法について、そして市町村や県での管轄の違いなどを知ることができました。そして、地元の方の理解と協力を得なければスムースな活動はできません。そこで、実況の仕事で出会った松永兄弟(御宿在住でワールドワイドに活躍する松永大輝プロ、松永莉奈プロ、松永健新プロ)にご協力をいただきました。スタンスは「おせっかいなおじさん」って感じです(笑)。ただサーフィンをするために町に訪れる「よそ者」だけれど、少しでも良い環境にしたいという思いがありました。種子島では、2023年のJPSAのコンテストでの滞在中、放送関係者と訪れた居酒屋「宴彩 黒潮」で出会った店主の高田健剛さんとの出会いが大きかったです。振る舞われる料理や地魚の美味さの話から、次第に海岸環境のこと、僕がビーチの漂流物をどうにかしたいこと、そして島のビーチクリーンの状況などのお話を聞けました。偶然にも高田さんは熱心なサーファーで種子島のサーフコミュニティの良き兄貴分。島の魅力をもっと島外の人にも伝えていきたいという気持ちの持ち主でもあった。たった数回しか種子島に訪れたことがない「よそ者」に対してすごく協力的でした。

そして(2023年)11月23日に Save the Seedと題したビーチクリーンイベントを実施したわけですね?
nico/幸運にも偶然がいろいろと重なったというか。まず種子島がある鹿児島県と、島にある1つの市と2つの町のうちサーフコンテストで竹崎海岸がある南種子町、そして種子島のシンボルのひとつで竹崎海岸一帯を管轄するJAXA(宇宙航空研究開発機構)にビーチクリーンに対してのヒアリングを行うためにドアをノック(実際には電話を)しました。「よそ者」「おせっかいおじさん」の得意技です(笑)。電話をする前は門前払いされても仕方ないよな、と思っていましたが、うれしい裏切りで好感触。ウェルカムな雰囲気でした。そして、見えてきたことは以下の4つでした。
1_竹崎海岸は種子島の中でも漂流物が多い海岸。
毎年6月に重機などを使用し漁業関係者を含めた100人規模でビーチクリーンを実施するが、1度では清掃の限界がある。
2_ゴミの処理は自治体で行われ、最大2万円の給付金がゴミの焼却に充てられる。
清掃活動の回数が増えれば焼却のほかに焼却場へのゴミの運搬費用が発生する可能性がある。
3_プラスチック素材による魚網や漁具などの漂流物は産業廃棄物として扱われ、焼却処分に費用が発生する。
そのため山間部などに埋却処分をする場合がある。
4_種子島の子供たちは高校卒業後に島を離れてしまうことが多く、高齢化が顕著。
ビーチカルチャーや海の魅力を発展させることが困難な状況。
そこで、たった1回だけのビーチクリーンを開催しても独りよがりで意味がないなと思いました。活動が年に1回、次第に半年に1回、気づけば月に1回、そして日々の習慣になれば、種子島がもっと美しく魅力的な島になってくれるに違いない。種子島の種=SEEDと、活動の種まきという2つの意味を込めて「SAVE THE SEED」と名付けました。おせっかいの極みですよね(笑)。でも、僕たちはいい波でサーフィンをさせてもらう。お返しにビーチクリーンをする。島の人たちといいリレーションが築ける。僕たちが島を訪れたあとはビーチがきれいになる。また島を訪れたい人が増える。次の世代は種子島がもっと魅力的になって、島に残る子供たちが増えてくれる。理想だけれど、好循環でみんながハッピーになる仕組みができたらいいなと思っています。
「ビーチをきれいに。諦めることを諦めたくない」
趣味のサーフィンの繋がりから、昨年(2023年)11月23日に種子島でビーチクリーンイベント「SAVE THE SEED」を企画したラジオDJのnicoさん。イベントを通じて見えてきたこと、感じたこととは?この記事を読んでいるみなさん。ゴミ問題が他人事になっていませんか?

「SAVE THE SEED」の開催当日の模様はいかがでしたか?
nico/まず多くの人が協力と参加してくれたことに感謝しています。種子島の兄貴(笑)高田健剛さんをはじめ、ABEMAのサーフィン中継時に、僕の横で解説者としてご一緒させてもらったJPSA2019グランドチャンピオンで種子島育ちの須田那月さん、弟でプロサーファーの須田喬士郎さん、種子島在住のボディボーダーの岡澤未來さんらに協力をいただき、島内のサーファーに加えて地域住民の皆さんにも参加いただきました。そして10名を超えるJAXAの職員の皆さんも。総勢80名以上の人が竹崎海岸に集まり、1時間みっちりと漂流物などのゴミを回収。その総量なんと300kgにも上りました。軽トラック2台の荷台がぎっしり埋まる量。参加した全員が協力しあいながら楽しそうにゴミ拾いをしてくれました。各々がゴミに関する意見や気づきを語り合っているのも印象的でした。そして11月なのに夏みたいに暑かったことも、いい思い出。この活動をサポートしていただいているハイドロフラスクのボトルが想像以上に活躍してくれました。
そして東京から参加したサーフィンを趣味にするwebメディアの代表や元ファッション誌編集長、そしてプロサーファーでフィルマーの和光大さんらは、イベントの事前告知やスタッフTシャツの作成、写真撮影などを手弁当でバックアップしてくれました。みんな「種子島でサーフィンしたい」と自費で参加してくれたんです。ゴミ拾いのあと、地元の子供たちに海の楽しさとカッコ良さを知ってもらうためのサーフィンとボディボードのエキシビションをコンパクトに開催。僕は拡声器でMCを務めさせてもらいました(笑)。

エキシビションのオープニングトーク。
写真右より和光大プロ、須田喬士郎プロ、岡澤未來選手、須田那月さん、nicoさん。

種子島をビーチクリーンしてみて気づきはありましたか?
nico/回収したゴミに顕著な傾向があることです。まず圧倒的にプラスチックをはじめとする石油由来のものが多いこと。発泡スチロールケースやトレイなどの業務用器。魚網やブイなどの漁具。日本以外の言語表記の日用品(洗剤など)の容器やペットボトルが多いのは、種子島の地理と海流が要因しているのでしょう。そして拾っても拾っても減らないマイクロプラスチック。2050年に、魚よりプラスチックゴミのほうが多くなる、いわゆる「海洋プラスチック問題」を目の当たりにしました。ほかには薬品瓶などの医療廃棄物。そして飲料のビン缶類も多かったですね。遠目では美しい景色ですが、ビーチを歩くと漂流物が本当に多かったです。



回収したゴミはどうされたのですか?
nico/御宿でのビーチクリーンでは回収したゴミを指定場所に集めて、あとは自治体が処分してくれます。しかし種子島では前述したとおり、運搬費用や処理費用が発生してしまう。そこで、参加者が所有する軽トラックをお借りしてリサイクルセンター(≒ゴミ処分場)まで自分たちで運搬しました。そして焼却処分の可否、リサイクルの可否などに従って品種ごとに細かく選別する作業も。瓶や缶、ペットボトル容器に中身があるものは空にしなければならない。そこには得体のしれない液体や強烈な悪臭を放つものもある大変な作業で。「リサイクル」「分別」に対する意識が大きく変わります。飲みかけのペットボトルをそのまま捨てずにラベルを剥がして中身を空にしてから捨てようとか、小さなことから意識改革をしなければならないな、って。そしてリサイクルセンターにゴミを持ち込む際には、あらかじめ洗浄しておかなければならない決まりなので、ビーチクリーンのあと参加者の皆さんが能動的に洗浄作業をしてくれました。ビーチへの漂流物は砂や泥にまみれているから手間と時間がかかる。そしてここでも気づきがあって、マイクロプラスチックは洗浄中にネットやカゴの隙間から流れ出て、ふたたび海やビーチに戻ってしまう。小さくて目立たないゴミだけれど、やっかいです。

この「SAVE THE SEED」は続きますか?
nico/続けたいし、続けないと意味がないと思っています。でもビーチクリーンって限定的な行為だと思うし、海岸のゴミ問題の根本的な解決にはつながらないはず。ましてやビジターである僕が声を上げて、どこまで効果があるのだろうと思う気持ちもある。では意味がないかと言われたら、そうでないと思いたい。ビーチクリーンを継続することで、少なくともゴミに対する意識は変わる。諦めることを諦めたくないんです。「ゴミ処分=行政サービス」「ビーチのゴミは自分には関係ない」、そういった意識を捨て、ひとりひとりが責任を持って向き合いたい。って、よそ者の僕が思うのは、やはり種子島でサーフィンしたときの感動が今あって、よりきれいで魅力的なビーチになってほしい。おせっかいな気持ち(笑)。僕たちはいい波でサーフィンをさせてもらって、島の人たちといいリレーションが築けて、そして僕たちが島を訪れたあとはビーチがきれいになっている。島のみなさんが、「よそ者ばかりにまかせてられん!」ってなったら、みんながハッピーで正のスパイラルが生まれるよなって。
そしてサーファーはもちろんですが、そうでない人たちにも興味を持ってもらえたらいいなと思っています。例えば、沖縄や奄美大島、種子島の隣、屋久島といった島々はさまざまなツーリストが訪れているように、種子島のいろいろな魅力を伝えていきたい。すいません、本当におせっかいで(笑)。あと、この運動を、ただのボランティアではない仕組みにしたいんです。幸いにも「地球を、たのしくする。」を理念に掲げるアルコインターナショナルさんがこの活動に賛同してサポートしていただけました。今は人々の善意の上に成り立っていますが、ビーチクリーンやゴミ拾いが何かのインセンティブになるような仕組みができたらいいなとも考えています。そうすれば、活動がサステナブルなものになって、もっと大きなうねりになるはず。それこそ島の人もツーリストも率先してゴミ拾いをしてメリットが生まれたら最高。古くは鉄砲伝来、そして現在は宇宙開発といった時代の最先端が種子島にはある。次は世界一の環境先進アイランドになったら素敵だと思っています。

Photo:Dai Wako Edit&Text:Toshiki Ebe(ebeWork)