南圭介×若岡拓也 2025「MT.FUJI100」レポート
今月のコンテンツは日本最大規模のトレイルランニングレース「Mt.FUJI100」について。走人たちから着実に人気が出ているシューズメーカーTopo Athleticジャパンチームに所属する2人が「走者」と「筆者」として記事を作っていきます。走者は南圭介さん。そして筆者は若岡拓也さん。これまで世界中のトレイルランニングレースを走ってきた南さんの動向を、元新聞記者で「書いたり、走ったり」を仕事とする若岡さんは、こう書き出しました。
「順位は関係ありませんでした。」完走した南圭介は飄々とそう振り返った。100マイル=160kmを走った直後なのに表情は穏やか。総合13位、年代別2位という好成績にも、心を昂らせることはなかった。据えていたのはレースの先にあるもの。自分自身への挑戦だった。
100マイルレースは多くのレイルランナーにとっての憧れであり、完走すること自体が誇りだが、南圭介にとっては通過点だった。「100マイルを走って、いいトレーニングになりました。」その辺で小一時間ほどジョギングしてきたかのような口ぶりだ。だが、今回出場した「Mt.FUJI100」の高低差の総計は6,000mを超える。富士登山4回分を上回るものだ。しかも一睡もせず昼夜を問わずに野山を駆けていたのだから、その過酷さは想像にかたくない。南は驚異的な体力、そして強靭な精神力を備えている。ただ、走り終えた姿からはイメージしづらい。あまりにもあっけらかんとしている。それはゴール後だからではなく、スタート前からずっとそうだった。



レース前は、会場で早めに準備を済ませると南は友人たちと談笑していた。緊張するでもなくリラックスしたままだ。3,800人がエントリーした国内最大のレースとあって、ひっきりなしに声をかけられる。
「行ってきます」
ふらりと散歩に出てくるかのように、160kmの旅は出発した。スタート直後にカメラを向けると、こちらの存在に気づいた南と視線が合った。人差し指をこちらに向けて、ポーズを取る余裕まであった。どこまでもマイペースだ。

レースを通じて、南を追いかけていた僕のことにも少しだけ触れさせてもらう。同じTopoアスリートで、今回のレースで南のサポート担当をしながら、この記事の取材に当たった。おもにはエイドステーションと呼ばれる補給の休憩所で、食事を提供したり、飲み物や行動食を補充したり、次の区間の距離やコースレイアウトなどを説明するのが役割だ。そして、サポートの合間に、カメラを片手にコースを巡ってシャッターを切った。
序盤は想定よりも少々早いペースだった。52km地点にある最初のサポートエイドでそう伝えると、意外そうな表情を浮かべていた。本人としては無理をしているわけではなく、淡々と走っていたのだろう。
「Mt.FUJI100」はトレイルレースの中では「走りやすい、走れるコース」に分類される。険しい山岳レースを得意とする南とは相性がそれほど良くないはずだった。「走る」よりも「登る」ことを重視したトレーニングを積んできた結果、本人が思っている以上に走れていたのであった。次のエイドに入ってくる際の表情も、走り出したときと同じだ。時刻は日付が変わって深夜2時前、スタートから9時間近く、70kmを走っているはずなのだが、今さっきスタートしたかのようだった。無尽蔵なスタミナは地道な努力のおかげなのだろう。「こんなにトレーニングで走ってきたことはなかったです。練習を変えたのはレースのためじゃなくて、その先に自分のやりたいことがあるから。今年こそは目標を達成したくて。」

彼が目標としているのは、2024年に挑んだ「GR10」の最速記録(FKT)にふたたび挑戦することだ。
フランスとスペインの国境に連なるピレネー山脈を西から東に914kmを9日9時間12分以内に踏破を目指す。ハイカーが45〜60日ほどかけてたどる行程を、昨年のチャレンジでは9日間21時間13分で走破した。すべてを出し尽くしても記録にはおよばなかった。しかし、終盤まで最速更新を狙える走りだった。
その挑戦はこちらで観ることができる。
再挑戦を心に決めたときに、自分に足りなかったものは何かを自問した。そして、導き出したのはシンプルな答えだった。
「振り返ってみると、険しい山が多いけれど、走れる区間も意外とあったんです。そこをしっかり走りきれませんでした。それができて、休憩を減らしていたら、記録が更新できるってわかったんです。」
帰国後は、環境保全の仕事で滞在していた小笠原諸島で汗を流した。16kmの峠道を全力で走るトレーニングを重ねてきたという。その成果を確かめるために選んだのが「Mt.FUJI 100」の舞台だった。レースでの目標タイムは22時間半。この記録で走りきることができれば「GR10」での最速記録に大きく近づける。
足りなかったものを埋められたのか。レース経過が答え合わせになっていた。最初のサポートエイドで29位。100km近く走って22位に浮上。国内トップ選手、海外選手がしのぎを削る中で、着実に順位を上げていく。120km過ぎにある最後のサポートエイドでは17位に上がっていた。トップ10入りも見えてきた。だが本人は順位にこだわっていない。なにせ今回の走りは「トレーニング」なのだから。それでも、周囲に期待感を抱かせてくれるには十分な素晴らしい走りだった。

エイドで見送ったあと、僕はゴール会場の富士北麓公園に戻った。時計に目をやるとレースタイムは22時間を超えている。目標の22時間半が近づいてきて、ややドキドキしてきたところで、南が姿を見せた。祝福してくれる観衆にハイタッチで応えながら、最後の数十メートルをゆっくりと走る。僕の存在に気づくと、スタート時と同じように人差し指をこちらに向けてくれた。そして、最後まで飄々とした表情を崩すことなく、ゴールに飛び込んだ。レースタイムは22時間8分。目標を達成してゴールテープを切ったのだ。


若岡: まずはレースお疲れ様でした。
南くんはぜんぜん興味がなかったと思うけれど、僕はサポーターをしているうちに、いい結果への欲が出てきました。レース終盤ではトップ10入りさせようと、こっちが熱くなってました(笑)。
南: (順位やタイムに)興味はなかったですね。目標タイムを22時間半で設定していて、これぐらいでゴールできる走力があれば、いいなと思ってたので。最後のほうは目標を上回れそうだったんで、今後を見据えたトレーニングとしては充分だなと思ってましたね。
若岡: 走っているときの表情が淡々としていたのは、それほどツラくなかったからですか?
南: しっかり走れるコースなので、疲労はありました。それにレース途中で眠いなあというのはありましたよ。でも、100マイル(160km)ぐらいだったら、表情には出ないですね。自分の中に留めておける程度です。けれど200マイルレースや、去年エントリーしたGR10FKTとかになると、留めておけなくなる。なんか叫んじゃいますね。
※GR10 FKTとは?
GR10はフランスとスペインの国境にまたがるピレネー山脈を横断するロングトレイルの一つ。全長900kmを超えるルートは、通常であれば45〜60日かけて踏破を目指す。この過酷な道のりで、南選手は昨年、最速タイムを指すFastest Known Time(FKT)に挑んだ。記録は9日余り。挑戦の模様はドキュメンタリーフィルム「CHASING SOUTH」として視聴可能。

若岡: 叫ぶこと、あるんですね。見てみたいかも。
それにしても、トレーニングの一環でこの記録(22時間8分)はすごいなぁ。「GR10」のイメージは険しい山ばかりだけど、「Mt. FUJI100」みたいな走れる区間もあるんですか?
南: 「GR10」のコースは山岳が続くイメージだと思いますが、トラバース道もけっこうあります。走るところも割といっぱいあるんですよね。走れるレースをイメージしたら、あぁ「Mt. FUJI100」がいいなと思って出場することにしました。しっかり走るならサポートもあったほうがいいなと考えて、若さんにお願いしたんです。
若岡: 南くんは2年前にも完走していたから、「Mt. FUJI100」を再び走るイメージがなかったから意外でした。僕がチャレンジした本州縦断のときや日本列島縦断の際に、南くんにサポートしてもらいました。だから、今回声をかけてもらって、ようやく僕もサポートできると思ってうれしかったです。
南: 本州と日本列島の縦断も面白かったですね。本州のときは、いちばんしんどそうだった軽井沢周辺を走って、日本列島のときは九州脊梁山地を一緒に越えて。

若岡: 本州のときが初対面で2021年だったから、2人ともTopoアスリートになる前かな。あのときは、共通の友人を通じて連絡を取り合っていたから、初めて顔を合わせるまではけっこう緊張してました。
南: そうだったんですか。初耳。
若岡: 写真だと、タトゥーとドレッドヘアのいかついイメージだったから、こわい人だったらどうしようって。一緒に走ってみたら真逆の人で良かった。
南: 苦笑
若岡: 脱線しましたが、目標タイムを切れた要因は何かありますか?
南: 冬場にやってた峠走が良かったですね。小笠原諸島の無人島に行って、外来種の侵入防止柵をつくる仕事をしているんです。それもけっこう重労働なんですけれど、終わってから16kmの峠道を毎回全力で走るんです。脚が終わった状態にして、さらに山で動いたりして。そうすることでスタミナが落ちないようになってきた気がしますね。そのトレーニングのときに履いていたTopoの「CYCLONE 3」が良かったです。軽くてスピードが出しやすくて、鍛えるのにぴったりでした。



若岡: レースが終わってからの疲労はあまりないですか?
南: 2年前に「Mt. FUJI100」を走ったときは、レースから5〜6日経っても内臓系の疲労が身体の深部にズドンって残っていました。けれど今回はそれがまったく感じられないですね。前腿とハム(ハムストリング)は少し痛かったのですが動けなくなるほどじゃなくて、少し止まっていると固まってしまうのですが、こちらも動きだせば動けるようになる状態でした。「Mt. FUJI100」が終わってから毎日走れていて、だいぶ心身ともに強くなってる感覚があります。
若岡: 20時間で走ってきて、その程度の疲れ具合とは。体がすさまじく強くなっていますね。僕はトラックでよく使っているのですが、「CYCLONE 3」はスピードは出る一方でクッションが薄くないですか?
南: 薄いです。僕はあえてクッションの薄いシューズを選んでいます。下りなんかは足への衝撃がダイレクトに来るから、そのおかげで筋肉や関節が衝撃に強くなったのかなと思ってました。
若岡: それでケガしないのが本当にスゴい。
南: 前はシンスプリントになったりしてたんですけど、「CYCLONE 3」を履いててからケガはぜんぜんないですね。衝撃があるけれど、足を守ってくれている感じです。
※シンスプリントとは
ランニングやジャンプを繰り返すことによって、下腿(すね)の内側に痛みが生じるスポーツ障害。
若岡: Topoを履くようになってから、確かにケガは減ったかも。
南: Topoのシューズ全般に言えることですけれど、前足部が広くて靴に縛られている感じがないのがいいですよね。僕の足の形だと(ほかのメーカーのシューズは)ほとんど合わなくて。履いていると小指が痛くなって、絶対に死んじゃってました。それがTopoを履くようになってから、そういうトラブルがなくなりましたね。マメなんかも。
若岡: マメと言えば、レース前に足に塗っていた「Body Glide」はマメ防止ですか?
南: です。足裏と股ずれ対策で塗っていました。落ちにくいから、スタート前に塗っただけで十分効果が持続してくれました。汗や雨で流れにくいからいいですね。もともと海でサーファーとかが使っていたから、そのへんも考えられているんでしょうね。むしろ、洗ってもまだ付いてるよってときもありますもん。
若岡: それは単純に塗りすぎなのか、洗いが足りてないのかでしょう(笑)。汗といえば、今回のレース序盤は予定のタイムより30分ほど早くて、発汗量がかなり多かったけど、ペース的に問題ありませんでしたか?

南: まわりの選手に流されたわけじゃなくて、調子が良かっただけで問題ありませんでした。汗対策に、小笠原の海水でつくった塩をなめていました。これが一番効きます。最初のサポートエイドで若さんにペースを抑えてもいいよって言われました。けれど「まぁ抑える必要もないかな」って、そのまま行きました(笑)。潰れたら潰れたで、その状態から耐えて走る練習になると考えていたので。結果的に最後まで、しっかり走れたので良かったです。
若岡: 潰れるのもトレーニング。その発想がスゴい。何はともあれ、目標のタイムをクリアできたし「GR10」は記録更新できそうですか。
南: いけますね。今回のペースで毎日16〜17時間くらい走って、体のケアや寝る時間をつくれれば、9日間で完走できます。リベンジしようと思っているので。
若岡: 毎日「Mt. FUJI100」はしんどい。並走するのもしんどいな。現地に行くだけでも大変ですけれど。
南: はい、特に資金面がしんどいですね。去年はパタゴニアからのスポンサードで渡航費などを確保できましたが、今年は僕が立ち上げた「Feel Earth Project」という世界中のロングトレイルのFKTに挑戦するプロジェクトで挑むつもりです。資金はクラウドファンディングで集めようと思っているので、ご支援のほど宜しくお願いします。
若岡: 協力しないと気まずい流れだ(笑)。でも支援します。記事をご覧の方もお願いします!

Photo & Text:Takuya Wakaoka Edit:Toshiki Ebe(ebeWork)