波に乗っては撮る。そして人とつながるシンプルライフ
素のままの表情を温かく描き出すポートレートで人気を集める写真家、横山泰介さん。50年来写真を撮り続け、大好きなサーフィンはそれ以上のキャリアという根っからのサーファーでもあります。作品どおりの飾らない人柄が魅力の横山さんの話には、素敵な写真を撮る秘訣、自然体で生きる喜びが詰まっていました。
人生を決めた、運命の一枚
「自分でもこうなるとは思ってもいなかったんだよ」
写真家になったきっかけを尋ねると、横山さんは笑いながら言いました。
「一枚の写真が運命づけた。今になって、これも自然の流れなのかなと思うんだよね」
その一枚とは、無人の海にパーフェクトな波がブレイクする鎌倉・稲村ヶ崎の写真。1976年に創刊されたサーフィン専門誌『サーフィンワールド』の誌面に掲載されたばかりか、付録のポスターにもなったのです。サーフィンの縁でつながった編集長に写真を見せたところ、一発で決まった華々しいデビューでした。

デビュー前、写真に行き着くまでのストーリー
しかしながら、若かりし横山さんが最初に興味を持った創作活動は写真ではありません
「むしろサーフィンの映画が好きでさ。友達と一緒にフィルムを輸入してショーイングをやっていたから、いつかは自分で撮りたいなと思ってた。サーフィンのムービーをね」
そこで基礎を勉強しようと、人づてで映画の撮影所に入り込んで修行をすることに。横山さんは現場の空気を吸収し、腕を磨きました。ところが……
「最初はロボット変身モノの撮影から始まった。そして最終的に、中村錦之助さんの『子連れ狼』を撮りに『太秦に行ってこい』って言われたんだ。でも京都に行ったらサーフィンができない。僕はそれがいちばん嫌だからさ。だけど徒弟制度が厳しい時代だったから辞めさせてくれないんだよね。それで、仮病を使ってなんとか辞めさせてもらった」
そうしてサーフィンを楽しみながらもモヤモヤしていた横山さんに、今につながる転機が訪れます。当時付き合っていたガールフレンドが、昔サーファーだったというスチールカメラマンと引き合わせてくれたのです。
「パルコのコマーシャルを撮っていた方で、『波があったら来なくていいよ』って具合の最高な人だった。僕にスチールのおもしろさとモノクロプリントのやり方を手取り足取り教えてくれた恩人だよ。稲村ヶ崎の写真は、20代前半のこの時期に撮ったんだ」

サーファーから学んだ、ポートレート撮影の真髄
『サーフィンワールド』でデビューを果たしてからというもの、横山さんはサーフィン誌とともに写真家として成長していきました。
「もちろん最初はライディングを撮ったりしてた。若かったから水中も入ったよ。でもそうこうやっているうちに、人物の撮影が好きになっていったんだよね。『サーファーっておもしろいな』って思い始めて、自然とみんなのポートレートを撮るようになった」
サーフィンの世界で経験を重ね、やがてミュージシャンやアーティスト、映画俳優などあらゆるフィールドの人たちを写真に収めるようになった横山さん。ハリウッドスターを撮影するような大仕事でもひるまず、今もたくさんの素敵な表情をとらえています。
「やっぱりそれは、サーファーを撮ることにすべてが凝縮していたんじゃないかな。サーフィンの世界は別格だよ。みんな本当に個性的だから、いろんな人とのコミュニケーションの方法を自然と学んでいたんだろうね。しかも制約の少ないサーフィン誌で自由にトライできた。幸せなことにね。そうして気づいたことは、結局は被写体が持っている力がすべて。僕は『ただ撮らされてる』っていう感じに近いんだよ。写真は、まったく字のごとし。『真を写す』ってね」

自由に生きて、心の底で思うこと
写真家として独立している横山さんは現在76歳。ずっと自由にやってきて、ピンチはあったのでしょうか。
「日本で最初にサーフィンの専門誌ができたころなんて、それ1本で生活できないんだよ。そりゃそうだよね。それまでそんなジャンルの仕事はなくて、ゼロからのスタートだったんだから。しょうがないから、車の陸送や皿洗い、冬はお歳暮、夏はお中元の配達仕事とか、ありとあらゆるアルバイトしながらやってたよ」
大人になってからは順風満帆?
「いやいつもピンチだよ。今だってピンチ。でも海のそばにいると、東京と違ってやることはあまりない。波さえあればいいみたいな感じだから、お金もかからない。そうは言いながらも、写真とサーフィンを続けてここまで生きてこられたのは、人間関係に恵まれたおかげ。僕はいつもそう思って感謝してる」
ずっと変わらない、海と写真とある暮らし
写真家の横山泰介さんは、日々の暮らしでハイドロフラスクを愛用中。そのうえ、人のご縁と自然な流れの行く先で、一緒にラジオ番組をやることになりました。インタビュー後編は、そんな新しいチャレンジ、お気に入りのフレックスストロー、いつまでも興味がやまないサーフィンとポートレート撮影についてのお話です。

2024年、ラジオパーソナリティとしてまさかのデビュー
今年3月より、横山さんはFMヨコハマで毎週日曜日朝に放送する番組『SHONAN by the Sea』内にて「ハイドロフラスク presents 今日も最高じゃん!」のナビゲーターを務めています。いくつになっても、自由にトライする姿勢は変わりません。
「慣れないことをやっちゃってるよね。でもね、絶えず新しいことをやるのは楽しい。とはいえ、周りに有名なDJがいっぱいいるなかに、僕みたいな素人が入っていいのかなっていう気持ちもあるけど、とりあえず何事もやってみたい。いろいろ勉強になるよ」
それにしても、なぜ門外漢の横山さんに白羽の矢が立ったのでしょうか。

「サーファーの友人が番組を企画してくれたプロデューサーなんだよ。『いつかラジオでもご一緒させてください』って彼にずっと言われてたんだけど、僕は『そんなキャラじゃないしな』と思っていた。そうしたらある日『スポンサー決まりましたよ。ハイドロフラスクです』って連絡が来て。それで『うれしいな』って気持ちが生まれたの。ハイドロフラスクは日常的に使っているものだから」
ここでもサーファーのコネクションが活きてきました。最初はラジオパーソナリティをやることに対して遠慮がちだった横山さんは、まんざらでもない様子です。
「人のリアクションがおもしろい。もともとポートレートの撮影が好きだから、人の話を聞くことも好きなんだろうね」
豊富な経験に裏打ちされたトークの人気は上々!収録後に、毎回かならずゲストのポートレートを撮影することも横山さんの楽しみなのだとか。


横山さんお気に入りの「フレックスストロー」
撮影場所や海への移動、旅のおともに、ハイドロフラスクは欠かせないという横山さん。なかでもフレックスストローがお気に入りです。
「僕はそそっかしいから、蓋を開けて飲むタイプだとガボってこぼしちゃったりする。フレックスストローが発売されて良かった。あと、何回も蓋を開けたり閉めたりすると保温能力が下がっちゃう。その点もカバーできる優れものだよ。ストローをパチッてしまえて衛生的だし、すごく便利。あれのおかげで、好きなドリンクを持ち出す機会が増えたよね」
続けて、ハイドロフラスクのカラーリングについてこう話します。
「色がみんなきれいなんだよ。だから持っていて楽しい。場面に合わせて、全色使いたいぐらい。再利用可能なリフィルボトルは地球環境に配慮したアイテムとしてもいいものだけど、やっぱりデザインも大事。どちらも両立して、気分がよく使えることが大切だよね」

いつの時代も楽しみは、一期一会の波と人
どんなときでも洒脱な横山さんの暮らしは、今も昔も海とともにあります。
「いつも波を気にする生活。全然変わらないよね。こんなこと言っていいのかわからないけど、昔はね、仕事があって、波があったら波優先なんて時期があったかな。仕事を休む言い訳として“親戚の葬式”にどれくらい出席したかわからない。今はインターネットを使えば波の動向がわかるから予定を立てやすいよね。結局は、波があったらできるかぎりサーフィンをする。もちろん今は、仕事はばっくれないよ(笑)」
そして最後に、好きなサーフィンに没頭し続け、新しいことにも嬉々として取り組む横山さんに聞きました。
今興味あることはなんですか?
「サーフィン以外では、やっぱりライフワークのポートレート撮影。サーファーをはじめ、人物を撮り続けること。一期一会だから、いつも楽しみだよね。出会って、その人のポートレートを撮らせてもらうことは、自分の発見にもつながる。そして、写真は残るからおもしろい。人間は、未来は見えないけれど、過去は見える。何十年前の写真だって、今見られるわけでしょ。たとえば赤ちゃんのときに記念撮影する。その写真を人生の場面場面で見る機会がいっぱいある。そんなときのために、少しでもいい写真を残せればと思うんだよ。今はスマートフォンなんかで撮れば上手に写る時代。だからこそ、記憶に残るいい写真を撮るようにしたい。それが僕の使命だろうね」
Photo:Kengo Shimizu Text:Jun Takahashi Edit:Toshiki Ebe(ebeWork)